シンガポールで仕事中にけがをしたら:労災補償(WICA)の対象・補償額・手続き
最終確認:2026年10月3日
シンガポールには、仕事中のけがや仕事が原因の病気を補償する法律として、WICA(Work Injury Compensation Act:労災補償法)があります。会社の過失を証明しなくても、休業中の給与や医療費、後遺障害の補償を受けられる仕組みです。この記事では、MOM(人材開発省)の公式情報と法律の条文をもとに、対象になる人と事故、補償の内容、手続きと期限を整理します。
対象:外国人も EP も、給与に関係なく対象
WICA は、雇用契約のもとで働く従業員なら、給与の額・年齢・国籍に関係なく対象です。MOM は「local or foreign employee(国内・外国の従業員)」と書いており、EP・S Pass で働く日本人も含まれます。
- 対象:雇用契約(見習いの契約を含む)のもとで働く従業員。正社員か契約社員かは問わない
- 対象外:個人で仕事を請け負う人・自営業者、家事労働者(メイドなど)、軍・警察・消防などの制服組の公務員
- 会社を辞めたあとや、就労パスが取り消されたあとでも、在職中の事故の補償は請求できる
会社が保険に入っていなくても補償される
会社に労災保険(WIC insurance)の加入が義務づけられているのは、肉体労働をする人全員と、肉体労働以外で月給 S$2,600 以下(残業代・賞与・手当を除く)の人です。月給がこれを超える事務職の人については、会社に保険の加入義務はありません。ただし MOM は、保険に入っていない従業員にも、正当な請求があれば会社が補償しなければならないとしています。保険の有無で補償を受けられるかどうかは変わりません。
対象になる事故:通勤は原則対象外
補償の対象は、仕事が原因で、仕事中に起きた事故です。日本の労災保険とは違い、通勤中の事故は会社の送迎を使っていた場合などに限られます。
| 場面 | 対象になる | 対象にならない |
|---|---|---|
| 職場での仕事 | 仕事中の事故によるけが | 飲酒や処方されていない薬物の影響、わざとけがをした・悪化させた場合 |
| 通勤 | 会社が用意した送迎の乗り物で、自宅と職場の間を移動中の交通事故 | 自分の車や、電車・バスなどの公共交通機関で通勤中の事故 |
| 仕事での移動 | 仕事の目的で移動している間(交通手段は問わない) | 途中で私用の寄り道をした場合 |
| 海外出張 | 会社の指示で海外で仕事をしている間 | — |
| 在宅勤務 | 会社が認めた在宅勤務などで、仕事をしている間のけが | 在宅勤務中の家事など、仕事以外の行動 |
海外出張中の事故
法律では、海外での事故が対象になるのは、シンガポールに普段住んでいて、シンガポールの会社に雇われ、仕事で海外に行く必要があった場合とされています。出張中のけがも、まず会社に報告してください。
仕事が原因の病気(職業病)
法律の一覧に載っている職業病も補償の対象です。2025年12月1日から一覧が改定され、38種類になりました。騒音による難聴、仕事による腰や肩・腕などの筋肉や関節の障害(work-related musculoskeletal disorder)、医療機関での感染症などが含まれます。一覧にない病気でも、仕事で化学物質や細菌・ウイルスなどにさらされたことが原因なら、職業病として扱われます。
受けられる補償の種類と金額
補償は大きく分けて、休業中の給与、医療費、後遺障害または死亡の一時金の3つです。金額の基準になるのは、事故の前の平均月収(AME:average monthly earnings)です。
休業中の給与(medical leave wages)
| 休みの種類 | 最初の期間 | その後(事故から1年まで) |
|---|---|---|
| 入院 | 60日まで:平均月収の全額 | 平均月収の3分の2 |
| 通院の病欠(MC) | 14日まで:平均月収の全額 | 平均月収の3分の2 |
| 軽い仕事への切り替え(light duties) | 14日まで:実際の給与が平均月収に届かない分 | 実際の給与が平均月収の3分の2に届かない分 |
MC(Medical Certificate)は、医師が出す病欠の証明書です。会社は、元の MC を受け取ってから次の給料日までに休業中の給与を支払います。事故のあとで退職しても、その後の入院や病欠の分は支払われます。
医療費
- 事故から1年以内に受けた治療の費用が対象
- 上限は事故1件あたり S$53,000(2025年11月1日以降の事故。それより前の事故は S$45,000)
- 会社が病院・クリニックに直接払う。自分で立て替えた場合は、元の請求書を会社に渡せば、会社は14日以内に払う
後遺障害・死亡の一時金
けがが治りきらず、体の機能の一部を失った場合(permanent incapacity)は、一時金が支払われます。金額は「平均月収 × 事故のときの年齢で決まる係数 × 障害の割合」で計算され、下限と上限があります。亡くなった場合は、遺族に一時金が支払われます。
| 下限 | 上限 | |
|---|---|---|
| 後遺障害 | S$116,000 × 障害の割合 | S$346,000 |
| 死亡 | S$91,000 | S$269,000 |
働く能力をすべて失った場合は、計算した額に25%が上乗せされます。2025年10月31日以前の事故は、後遺障害が下限 S$97,000 × 障害の割合・上限 S$289,000、死亡が S$76,000〜S$225,000 です。
けがをしたときの手続きと期限
- すぐに会社(上司や会社が決めた担当者)に知らせる。いつ・どこで・何が原因でけがをしたかを伝える。報告が遅れると、仕事との関係で争いになることがある
- 病院で治療を受け、MC と医療費の請求書の元本を会社に渡す
- 会社が MOM と保険会社に報告する。期限は会社が事故を知ってから10日以内(入院や、1日でも病欠・軽い仕事への切り替えになった場合)
- 会社が事故を知った時点で、補償を請求したものとして扱われる(2020年9月1日以降の事故)。本人が別に申請書を出す必要はない
- 後遺障害が残りそうな場合は、保険会社または MOM が評価し、金額を通知する。通知の内容に不服があれば、通知から14日以内に異議を出せる
| 内容 | 期限 |
|---|---|
| 会社への報告(本人) | できるだけ早く |
| MOM への報告(会社) | 会社が事故を知ってから10日以内 |
| 会社が事故を知らないままの場合 | 事故から1年を過ぎると、請求は取り下げたものとみなされる |
| 後遺障害の補償の請求 | 事故から1年以内(保険会社や MOM から評価中と知らされた場合を除く) |
| WICA か民事訴訟かを決める | 事故から1年以内 |
| 補償額の通知への異議 | 通知から14日以内 |
会社が医療費や休業中の給与を払わない場合や、重いけがなのに MOM に報告しない場合は、MOM に知らせることができます。請求の状況は、Singpass(政府の個人認証)でログインして MOM のウェブサイトで確認できます。会社とのトラブル全般については、職場のトラブルの相談先の記事も参考にしてください。
シンガポールの職場のトラブルと相談先 →給与の未払いや解雇など、会社と問題になったときの相談先をまとめています。WICA と民事訴訟は、どちらか一方だけ
仕事中のけがについては、WICA で補償を請求するか、会社などを相手に裁判(common law:判例法にもとづく民事訴訟)を起こすかを選べます。両方を使うことはできません。
| WICA | 民事訴訟 | |
|---|---|---|
| 過失の証明 | 不要 | 会社や第三者に過失があったことを証明する必要がある |
| 弁護士 | 頼まなくてもよい | 必要(費用は自己負担) |
| 金額 | 計算式で決まり、上限がある | 上限はないが、損害を裁判で証明する必要がある |
どちらにするかは、事故から1年以内に決めます。WICA の請求は、補償額の通知が出る前ならいつでも取り下げられ、通知が出たあとは、異議がなければ14日以内、異議がある場合は28日以内に取り下げれば、民事訴訟に切り替えられます。民事訴訟を考えるときは、早めに弁護士に相談してください。
雇用法の病気休暇・会社の医療保険との違い
- 仕事中のけがの休業中の給与と医療費は、WICA にもとづいて会社が負担する。仕事と関係のないけがや病気は、雇用法の病気休暇と、会社の医療保険や自費で対応する
- 雇用法の有給の病気休暇には「その会社で3か月以上働いていること」という条件がある。WICA の対象者の条件には、勤続期間は挙がっていない
- WICA の医療費には、事故から1年・S$53,000 という上限がある。重いけがでこれを超えた分の扱いは公式情報で確認できなかったため、会社の医療保険や自分で入る保険の内容も確認しておく
就労パスと帰国
けがで働けなくなったり、会社を辞めて就労パスが取り消されたりしても、補償の請求は続けられます。補償が決まる前に日本へ帰る場合は、医師から渡航してよいとの証明を受け、出国の前に MOM に知らせます。
MOM は、Work Permit(単純労働向けの許可)で働く人がけがで補償を待つ間、会社が Work Permit を取り消して Special Pass(一時的な滞在の許可)を申請する手続きを案内しています。EP・S Pass で働く人について同じ扱いがあるかは公式情報で確認できなかったため、滞在の必要がある場合は会社と MOM に確認してください。
日本の労災保険は使える?現地採用と駐在員の違い
日本の労災保険は、日本国内の事業場で働く人のための制度です。厚生労働省は、日本の会社から海外に派遣される人のために「特別加入」という制度を設けていますが、現地採用の人は「国内の事業からの派遣ではないため、特別加入することはできません」と明記しています。
| 働き方 | 日本の労災保険 | シンガポールの WICA |
|---|---|---|
| 現地採用(シンガポールの会社と直接契約) | 対象外(特別加入もできない) | 対象 |
| 駐在員(日本の会社から派遣) | 会社が特別加入の手続きをしていれば対象 | 雇用契約の形によるため、会社に確認 |
| 日本からの短期出張 | 日本の会社の労災保険で対象(手続きは不要) | — |
現地採用で働く人が仕事中にけがをした場合は、シンガポールの WICA で補償を受けることになります。駐在員として働く人は、会社が特別加入の手続きをしているかを人事に確認しておくと安心です。派遣と出張のどちらに当たるかは、働き方の実態で判断されます。
けがをしたときのチェックリスト
- すぐに上司や担当者に報告したか(日時・場所・原因を伝え、メールなど記録に残る形でも送っておく)
- 病院で「仕事中のけが」であることを伝えたか
- MC と医療費の請求書の元本を会社に渡したか(写しを手元に残す)
- 会社が10日以内に MOM へ報告したか
- 休業中の給与が次の給料日に支払われているか
- 後遺障害が残りそうなら、事故から1年以内に請求の手続きが進んでいるか
- 補償額の通知に納得できないときは、14日以内に異議を出す
- 駐在員の場合は、日本の労災保険の特別加入の有無
よくある質問
+EP で働く外国人も、WICA の補償を受けられますか?
受けられます。WICA は、雇用契約のもとで働く従業員なら、給与の額や国籍に関係なく対象です。月給が S$2,600 を超える事務職は会社に保険の加入義務はありませんが、会社には補償の義務があります。
+通勤中の事故は補償されますか?
会社が用意した送迎の乗り物で通勤中の交通事故は対象です。自分の車や電車・バスなどの公共交通機関で通勤中の事故は対象になりません。仕事の目的で移動している間の事故は、交通手段にかかわらず対象です(私用の寄り道をした場合を除く)。
+在宅勤務中のけがは補償されますか?
会社が認めた在宅勤務で、仕事をしている間のけがは対象です。家事など仕事以外の行動中のけがは対象になりません。
+医療費はいくらまで補償されますか?
事故から1年以内に受けた治療の費用で、上限は事故1件あたり S$53,000 です(2025年11月1日以降の事故)。会社が病院に直接払うか、立て替えた分を会社が払います。
+請求に期限はありますか?
会社がけがを知らないまま事故から1年を過ぎると、請求は取り下げたものとみなされます。後遺障害の補償も事故から1年以内に請求します。けがをしたら、できるだけ早く会社に報告してください。
+現地採用でも、日本の労災保険は使えますか?
使えません。厚生労働省は、現地採用の人は日本の会社からの派遣ではないため、海外派遣者の特別加入もできないとしています。シンガポールの WICA で補償を受けることになります。
あわせて読みたい
あなたの就労パスで応募できる求人を探す
EP・S Pass・DP・LTVP など、使えるパスを選ぶだけで応募できる求人に絞り込めます。登録不要です。
求人を探す