シンガポールで職場トラブルにあったときの相談先:給与未払い・不当解雇・差別・ハラスメント
最終確認:2026年10月3日
給与が払われない、納得できない理由で解雇された、差別やハラスメントを受けた。こうしたときシンガポールには、問題の種類ごとに公的な相談先があり、EP や S Pass で働く外国人も利用できます。ただし申し立てには期限があり、退職後は特に短くなります。この記事では、TADM(労使紛争の調停機関)、裁判所、TAFEP(公正雇用の推進機関)、MOM(人材開発省)の公式情報と法律の条文をもとに、相談先、期限、費用、手続きの流れを整理します。
まず全体像:トラブルの種類ごとの相談先
| トラブル | 最初の相談先 | 解決しないとき |
|---|---|---|
| 給与・残業代・休暇中の給与・予告手当の未払い | TADM | ECT(雇用請求審判所) |
| 不当な解雇(差別による解雇、退職の強要など) | TADM | ECT(復職または補償) |
| 差別(採用・評価・昇進など) | 社内の相談窓口 → TAFEP | TAFEP が会社に対応を求め、差別があれば MOM に報告 |
| ハラスメント | 上司・人事への報告 → TAFEP | 調停、裁判所への保護の申し立て、警察への届け出 |
お金に関わるもの(未払いの給与や不当解雇の補償)は TADM、差別やハラスメントで会社の対応を求めるものは TAFEP、と覚えておくとわかりやすくなります。MOM に給与や解雇の相談をしても、TADM に回されます。どちらも国籍やパスの種類の条件はなく、EP・S Pass で働く人も利用できます。
給与の未払い・不当解雇は TADM へ
TADM(Tripartite Alliance for Dispute Management)は、MOM・労働組合の全国組織(NTUC)・経営者団体(SNEF)が2017年に作った機関で、労使の紛争について助言と調停(第三者が間に入って話し合いをまとめる手続き)を行います。家事労働者・船員・公務員を除くすべての従業員が利用でき、雇用主も予告手当の請求に限って利用できます。
- まずは TADM のウェブサイトのチャットボット「Ask TADM」で相談する。必要なら担当者との面談を予約できる
- 申し立ては TADM eServices から Singpass で行う。証拠のアップロードが必要
- 請求できるもの:未払いの給与、残業代、休日・祝日の給与、無断の天引き、年次有給休暇・病気休暇の給与、予告手当、出産給付など
- 整理解雇の手当・賞与・13か月目の給与(AWS)・コミッションは法律上の義務ではないため、雇用契約や労働協約に書かれている場合だけ請求できる
- 就労パス保持者の窓口は MOM Services Centre(1500 Bendemeer Road)にある
申し立ての期限
| 請求 | 期限 |
|---|---|
| 給与などの請求(在職中) | 未払いが始まった日から1年以内 |
| 給与などの請求(退職後) | 最終勤務日から6か月以内 |
| 不当解雇 | 最終勤務日から1か月以内 |
| 妊娠中の解雇 | 出産日から2か月以内 |
期限とは別に、請求できるのは「申し立てた日からさかのぼって1年分」までです。たとえば未払いが1年半続いてから申し立てると、最初の半年分は請求できません。不当解雇は退職から1か月しかないので、解雇に納得できないときはすぐに動く必要があります。
手数料と請求できる金額の上限
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| TADM への申し立て | 請求額 S$10,000 以下:S$10/S$10,000 超:S$20(返金なし。申し立てから3日以内に支払う) |
| 調停で合意した内容の ECT への登録 | S$10 |
| ECT への申し立て | 請求額 S$10,000 以下:S$30/S$10,000 超:S$60 |
| 請求の上限 | S$20,000(組合が代わりに申し立てる場合などは S$30,000) |
| 給与の請求と不当解雇の請求を両方出す場合 | 合計 S$40,000(それぞれ S$20,000 まで) |
上限を超える分は、放棄すればこの手続きを使えます。高額の請求で放棄したくない場合は、弁護士に相談することになります。
手続きの流れ
- 申し立て:TADM が内容を確認し、会社に請求の内容が伝えられる
- オンラインでの話し合い(e-Negotiation):会社と直接やりとりする段階。約1週間
- 調停:オンラインか対面で、調停人が間に入る。1回は最大3時間で、全体で約8週間。出席できるのは本人・会社・調停人だけで、弁護士・家族・友人は同席できない
- 合意できたら和解の書面(Settlement Agreement)に署名する。4週間以内に ECT に登録すると、守られないときに強制執行を申し立てられる
- 合意できなければ、調停人から ECT への申し立てに必要な証明書(Claim Referral Certificate)を受け取る。受け取ってから4週間以内に、自分で ECT に申し立てる
ECT には自動では進まない
調停がまとまらなくても、ECT に自動で移るわけではありません。証明書を受け取ってから4週間以内に、自分で申し立てる必要があります。調停の日程は原則として変更できないので、帰国などの予定があれば早めに調停人に伝えてください。
ECT(雇用請求審判所)での手続き
ECT(Employment Claims Tribunals)は、給与と不当解雇の争いを早く安く解決するために、裁判所(State Courts)の中に設けられた審判所です。TADM の調停を経ることが条件で、いきなり ECT に申し立てることはできません。
- 申し立ては裁判所のオンラインシステム(CJTS)で行う
- 弁護士は代理人になれない。本人が自分で主張する
- 相手の会社がシンガポールに住所・事務所・事業所を持っていることが条件
- まずオンラインでの話し合いの機会があり、解決しなければ双方が出席する事前協議(case management conference)で調停が試みられる。それでもまとまらなければ審理になる
- 最初の事前協議は、申し立てから早くて3〜4週間後
- 不当解雇が認められると、会社は復職とその間の収入の補てん、または補償金の支払いを命じられる
会社が和解の内容や ECT の命令どおりに支払わない場合、MOM は会社に対して、就労パスの申請権限を停止するなどの措置をとることがあります。
どんな解雇が「不当解雇」になるか
不当解雇(wrongful dismissal)とは、正当な理由なく解雇されることです。予告があったかどうかは問いません。自分から辞めたことになっていても、実際には退職を強いられた場合も含まれます。
| 例 | |
|---|---|
| 不当解雇になる例 | 年齢・人種・性別・宗教・婚姻状況・家族の事情・障害を理由とする解雇/出産給付などを受けさせないための解雇/TADM に給与の調停を申し立てたことなど、権利を使ったことへの報復/退職の強要 |
| 不当解雇にならない例 | 不正行為、成績不良、職務がなくなったこと(整理解雇)による解雇で、契約どおりの予告(または予告手当の支払い)があったもの |
- 管理職・専門職(manager・executive)が予告つきで解雇された場合、申し立てるには6か月以上の勤続が必要。予告なしの解雇なら勤続の条件はない
- 管理職・専門職以外の人には、勤続の条件はない
- 予告なしで解雇された場合は、会社が「不当ではない」ことを示す。予告つき(または予告手当つき)の場合は、本人が「不当である」ことを示す必要がある
- 解雇の理由には納得していて、予告手当だけが払われていない場合は、不当解雇ではなく給与の請求として申し立てる
差別を受けたとき:TAFEP と公正雇用のガイドライン
シンガポールでは、政府・労働組合・経営者団体が作った「公正雇用慣行に関する三者ガイドライン」(Tripartite Guidelines on Fair Employment Practices)を、すべての雇用主が守ることが求められています。採用や評価は能力・経験で判断し、年齢・人種・性別・宗教・婚姻状況と家族の事情・障害などを理由にしてはいけません。例に挙がっていない理由による差別も、TAFEP は相談を受け付けます。
- 社内の苦情処理の窓口に申し出る(就業規則や社内のイントラネットに書かれていることが多い)。相手が上司なら、別の信頼できる管理職に相談する
- 労働組合の組合員なら、組合や NTUC に相談する
- 社内で解決しない、または社内に窓口がない場合は、TAFEP に連絡する。ウェブサイトのフォーム、または電話(6838 0969、8:30〜17:30)で相談できる
TAFEP は、必要に応じて会社に事情を確認します。差別があったと判断した場合は MOM に報告し、MOM は会社の就労パスの申請・更新を一定期間認めないなどの措置をとることがあります。会社に連絡されることに不安があれば、その理由を相談の際に伝えれば、進め方を一緒に考えてくれます。なお、TAFEP は補償金を決めたり交渉したりはしません。差別を理由に解雇された場合の補償は、TADM の不当解雇の申し立てで求めます。
職場公正法(Workplace Fairness Act)はまだ施行されていない
差別を法律で禁じる職場公正法は、2025年1月に第1部(保護の範囲・雇用主の義務)、2025年11月に第2部(紛争の解決の手続き)が議会で可決されました。ただし2026年10月3日時点では施行されておらず、施行は2027年末の予定です。それまでは、上で説明したガイドラインと TAFEP が窓口になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 保護される属性 | 年齢/国籍/性別・婚姻状況・妊娠・介護の責任/人種・宗教・言語/障害・精神疾患 |
| 禁止されること | これらを理由に、採用・評価・研修・昇進・解雇で不利な判断をすること |
| 対象外の会社 | 従業員が25人未満の会社(一部の規定を除く) |
| 会社の義務 | 社内の苦情処理の手続きを整えること |
| 争いになったとき | 社内で解決しなければ、第三者による調停が必須。その後、ECT(請求額 S$250,000 以下)または高等裁判所で、非公開で審理される。ECT では弁護士は代理人になれない |
国籍も保護される属性に入っていますが、法律の目的には「シンガポール国民と PR が労働力の中心であり続け、外国人はそれを補うものとする」ことも書かれています。外国人が国籍を理由とする差別をどこまで主張できるかは、施行時の MOM・TAFEP の案内で確認してください。
ハラスメントを受けたとき
職場のハラスメントについては、政府・労働組合・経営者団体が「職場のハラスメント対策に関する三者アドバイザリー」(Tripartite Advisory on Managing Workplace Harassment)を出しており、会社には、通報を秘密を守って公平に扱い、通報した人に報復しないことが求められています。
- すぐに上司・人事・経営陣に報告する。相手が上司や人事の場合は、別の人事担当者・経営陣・本社の人事へ。相手が社長などトップの場合、会社は独立した第三者に調査させるべきとされている
- 会社が動かない、対応が不十分なときは TAFEP に相談する。秘密は守られ、匿名でも相談できる。本人が望めば、TAFEP が会社に調査と再発防止の仕組みづくりを求める
- 性的でないハラスメントは、Community Mediation Centre(地域の調停機関)で相手との調停を求めることもできる
- ハラスメント防止法(Protection from Harassment Act)に基づき、裁判所(Protection from Harassment Court)に保護を申し立てられる
- 犯罪にあたる可能性があるときは、警察に届け出る(オンラインでも可)
ハラスメントを受けたことや、それを報告したことを理由に解雇された場合は、TADM に不当解雇として申し立てられます(最終勤務日から1か月以内)。TAFEP は補償金の交渉はしないので、金銭の請求は TADM か弁護士への相談になります。TAFEP が案内する無料の法律相談には、シンガポール国民と PR に限られるものもあります。
EP・S Pass で働く人の注意点:給与とパスの関係
- EP・S Pass の条件として、会社は申請時に申告した固定月給(基本給+固定の手当)以上を、給与期間の終了から7日以内に払わなければならない
- 会社が固定月給を申告額より下げるときは、事前に MOM にパスの再審査を申請しなければならない。勝手な減給は、パスの条件の面でも問題になる
- S Pass では、給与の請求をしている(またはしようとしている)人を、会社が請求を妨げる形で帰国させてはいけないと定められている。帰国の前に未払いの給与を払うことも会社の義務
- EP については、同じ趣旨の定めは確認できなかった
退職や解雇でパスがキャンセルされると、そのパスで滞在することはできなくなります。給与の争いが続いていて滞在を延ばしたい場合、元の会社が MOM に延長を依頼できます。その際は、TADM か MOM から出た「給与の紛争を調査中」であることを示す書面が必要です。依頼は、今の滞在の許可(Special Pass や短期訪問パス STVP)が切れる7〜14日前に行います。ICA(入国管理庁)では延長できません。
Work Permit で働く人が給与を請求した事例では、TADM が請求の間シンガポールに残れるよう Special Pass(一時的な滞在の許可)を出したことが公表されています。EP・S Pass の人に同じ扱いがあるかは公式情報で確認できなかったため、帰国の予定がある人は、申し立ての時点で TADM に滞在の扱いを相談してください。
退職・帰国するときの手続き →パスのキャンセル、STVP、税務清算(IR21)の流れをまとめています。ふだんから残しておきたい記録
TADM への申し立てには証拠が必要です。トラブルが起きてから集めるのは難しいため、ふだんから次のものを保存しておきましょう。会社は給与明細を、給与の支払いと同時か支払いから3営業日以内に渡す義務があり、発行した明細の記録も保管しなければなりません。受け取っていない場合は会社に求めてください。
- 雇用契約書と雇用条件書(KETs:Key Employment Terms)
- 毎月の給与明細と、銀行口座への入金の記録(EP・S Pass の外国人は CPF の対象外なので、CPF の明細は使えない)
- 出勤・勤務時間の記録(残業代を請求する場合)
- 会社とのやりとり(メール、WhatsApp などのメッセージ)。私用の端末にも控えを残す
- 解雇・退職の通知書
- ハラスメントや差別の記録:日時・場所・内容・目撃者、スクリーンショット、写真など
トラブルが起きたときのチェックリスト
- 何が問題か(未払い・解雇・差別・ハラスメント)を整理し、相談先を決める
- 申し立ての期限を確認する(不当解雇は最終勤務日から1か月、退職後の給与の請求は6か月)
- 雇用契約書・KETs・給与明細・やりとりの記録を手元に集める
- まず社内の窓口(上司・人事)に、できれば書面やメールで申し出る
- TADM の「Ask TADM」や TAFEP に相談する
- パスがキャンセルされる予定なら、滞在の期限と延長の方法を確認する
- TADM の調停が不成立なら、証明書を受け取ってから4週間以内に ECT に申し立てる
よくある質問
+EP や S Pass で働く外国人も TADM を利用できますか?
利用できます。TADM を利用できないのは家事労働者・船員・公務員で、国籍やパスの種類の条件はありません。申し立ては TADM eServices から Singpass で行います。
+TADM に申し立てるのに費用はかかりますか?
1請求あたり、請求額が S$10,000 以下なら S$10、超えるなら S$20 です(GST 込み、返金なし)。調停で解決せず ECT に進む場合は、別に S$30 または S$60 がかかります。弁護士は代理人になれないため、弁護士費用は基本的にかかりません。
+解雇されてから2か月たちましたが、不当解雇を申し立てられますか?
不当解雇の申し立ての期限は、最終勤務日から1か月以内です(妊娠中の解雇は出産日から2か月以内)。期限を過ぎていても、未払いの給与や予告手当の請求であれば、最終勤務日から6か月以内なら申し立てられます。
+シンガポールに職場での差別を禁じる法律はありますか?
職場公正法(Workplace Fairness Act)が2025年に成立しましたが、2026年10月時点では施行されておらず、施行は2027年末の予定です。それまでは公正雇用のガイドラインに基づき、TAFEP が相談を受け付けています。
+給与の争いが続いている間に、パスがキャンセルされたらどうなりますか?
そのパスでの滞在はできなくなります。元の会社が、TADM か MOM の「給与の紛争を調査中」という書面を添えて、MOM に滞在の延長を依頼できます。依頼は今の滞在の許可が切れる7〜14日前に行います。EP・S Pass の人の扱いは、申し立ての時点で TADM に確認してください。
+上司からハラスメントを受けています。会社に言いにくい場合はどうすればいいですか?
別の人事担当者や経営陣、本社の人事に報告する方法があります。社内で対応してもらえない場合は、TAFEP に匿名でも相談できます。身の危険があるときや犯罪にあたる可能性があるときは、警察に届け出てください。
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